課題の分離-嫌われる勇気-
2018/03/24
久しぶりの更新です。
ブログをアップする気も起きないくらいボロボロに終わった3/4の淀川寛平マラソン。
しばらくランニングから遠ざかっていたのですが、最近ようやく気持ちが上がってきました。
肉体的、精神的なダメージって侮れませんね。
さて、3月はこの5冊の本(著者の敬称略)を読みました。
・嫌われる勇気 岸見一郎 古賀史健
・幸せに生きる一人の法則 江原啓之
・「大転子ランニング」で走れ!マンガ家53歳でもサブスリー みやすのんき
・マラソンは「ネガティブスプリット」で30分速くなる! 吉岡利貢
・第三の脳ー皮膚から考える命、こころ、世界 傳田光洋
どれも面白い。本はいつも忘れかけていた何かに気付かせてくれます。
アウトプットの意味を込めて「嫌われる勇気」から一つ。
「課題の分離」という章に、「馬を水飲み場まで連れて行くことは出来るが、水を飲むかどうかは馬の勝手だ」という一説があります。
厳しいことをいうようですが、体の痛みや不快感って100パーセント自分自身の責任。
はじめは小さな違和感程度だった体の声を無視したり、暴飲暴食などの不摂生を繰り返したり、
職場環境や人間関係など良くない環境に身を置いていることも、全て自分が選択したことです。
その上で、課題の分離をすると、
「自分(私)の課題」・・・整体で体が良くなる手助けやお膳立て。
その後どうなるかは「他者(あなた)の課題」だと言えます。
そんな風に言うと、体が整ったら「はいおしまい!」と無責任な冷たい感じを受けるかもしれませんが、過剰に介入することは、子どもの宿題を親がやってしまうようなものなのです。
つまり、子どもが学び、成長する機会を奪うことになるので、結局子どものためにならない。
もちろん整体では、その場だけではなくその先も見越して施術を行ないます。
しかし、今までの生活習慣を改めなければ、いずれ元に戻るのは明らかです。残念ながら。
だからこそ「自分の課題」として経験や学びを続けて、出来ることを確実にしていくしかないんだと考えています。
余計な手出し・・・なかなか線引きがむずかしいですけどね。
なんにしても、これは「自分の課題」か「他者の課題」かと考える習慣をつけると、気持ちが軽くなりそうです。
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